2016年05月06日

2016/05/06: お世話になった方が亡くなった

朝、母からメール。
何かと思ったら、子どもの頃から、家族ぐるみでうんとお世話になった方が昨日亡くなったとのこと。90歳。大往生ですね。
親族でもなんでもなく、単なる「親しい知人」です。

2ヶ月くらい前に、老人病院みたいなところに入院したと聞いて母と二人でお見舞いに行ってきたばかりでした。
少し前からかなり身体の自由がきかなくなって、自宅で一人で這うように暮らしていたのを知っていた母は、病院に入ったと聞いてホッとしていた。
が、会って話して、「もうこれで最後のお別れかもしれない、でもお別れが言えてよかった」と言った。そのとおりになってしまった。
わたしは病室で寝ている彼女を見たら涙がボロボロ出てきて、「花粉が………」とか言いながら後ろを向いて鼻をかんでいた。
わたしと母が病院に訪ねていったのを心から喜んで、しっかりしたいつもの口調でおしゃべりをした。
そのときも、お腹が痛いと言っていたけど、癌が進行して肺まで行っていたんだそうな。
治療はしないまでも、せめて痛みの緩和ケアだけでもすればよかったのになぁ。。。「もう十分生きた。早く痛くなくなりたい」とつらそうに言っていたので、今は痛みのない世界に行けてよかったと思うしかない。

その人は、わたしの実家を建て替えるまで、2階のアパートで暮らしていました。
建て替えを機に彼女も仕事を引退し、新幹線を使わないと行けないくらい遠くの彼女の故郷に一軒家をキャッシュで買って(!)引っ越した。その後は母が何度か訪ねていき、わたしも結婚する直前に結婚の報告をしに行ったりした。
子どもの頃はいろいろあって、なかなかこの人の言ってることが理解できないこともあったりしたけど、今となっては感謝しかない。

このところ、「元気だったころを知っている人が、年をとって亡くなる」という現象が少しずつ自分の周りでも起き始めた。
父の高校時代からの親友だった人も先日亡くなったし。うちで一緒に酒を飲んで、とても楽しい人だった。

子どものころは、「おじいさん・おばあさんになったその人しか知らない」というような人が亡くなるので、なんというか全然不思議じゃなかった。そうだよね、死ぬよね、みたいな。

でも、ここのところの人の死がいちいちこたえるのは、「元気だったころを知っているから」なんだよなぁ。
って今書いてて思った。
自分だってどんどん老いているんだから当たり前なんだけど、なんかまだついていけてない。
これを書きながらも涙がボロボロ出てきて困っちゃうわ。

アドラーに言わせれば、泣きたいから泣くんだろうけどな(笑)




posted by オグ at 23:00| 東京 ☀| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。
QRコード
携帯アクセス解析